俺は教祖か?

前回のブログで、あるチャネラーのブログなどの影響を何年かに渡り受けてきた人が、松本先生に言うと怒られるから言わないでいたといったことは、もう本当にいい加減にしてくれって感じです。

 

この人は自ら家畜になりたがっている人です。

 

だから、私のことを教祖のように崇拝して、自分を救って下さいと思っています。

 

俺は教祖か?って感じです。

 

愛は、幸せは、自分で見出す以外にないのに、他者に求めています。

 

教祖に信者が群がる光景は反吐が出るほどキモイものです。

 

確かに、どう生きたらいいかわからない、幸せになれないといったような人々は多いようですが、そういう人ほど教祖を求めたがります。

 

一般的に、ご主人との関係が仮面夫婦だったりして、本音で語り合うことができないような奥さん方が教祖を求めたがります。

 

でなかったら、白馬に乗った王子様を探しています。

 

プーチンや金正恩が白馬に乗った映像がテレビで流されていましたが、どうぞプーチンや金正恩のような白馬に乗った王子様に恋い焦がれて下さい。

 

恋は盲目と言いますが、恋には愛がありません。

 

独りよがりの自分勝手な思い込みしかありません。

 

こういった事実現実に向き合うこと、自分自身に向き合うしか、愛も幸せもありませ

ん。

 

だから、ネットなどの様々な情報にうつつを抜かしている人々は、すべて不幸か不幸予備軍です。

 

自分の脳を、愛を、幸せを感じる脳にしていくしかないんです。

 

リュックベンソンのルーシーという映画はまだ半分しか観ていませんが、薬物によって脳が改造され、超人になるといったストーリーですが、途中、私が実体験したのと同じ現象が描かれていました。

 

リュックベンソンはセクハラで訴えらえたり、彼の創る映画はバイオレンスものばかりですが、私は楽しんでいます。

 

この映画では薬物によって脳が改造されるわけですが、その脳が改造されたことによる現象が表現されているのを見ていて、リュックベンソンも体験しているんだなと感じました。

 

事実現実のものとして脳が幸せを感じる脳に、愛を感じる脳に改造される必要がある人々がほとんどの現代人です。

 

やれセックスのやり方がどうのこうのとか、話し方がどうのこうのとか、見た目がどうのこうの、断捨離、片付けがどうのこうのとかいったようなハウツー、方法、やり方ばかりに囚われている馬鹿者が多いのが、愛がない輩が多い現実を表しています。

 

愛がなければすべて無駄になります。

 

逆に、愛があればそんなやり方を知らなくても、方法論に囚われなくても、すべての問題は解決します。

 

様々なやり方、生き方のハウツー本が出回っていること自体に世の中に愛がないといったことを表しています。

 

冒頭の私に怒られるから言わないでいたなんていう人自身に愛がないのを自分自身で発見するしかないんです。

 

で、愛を見出すのも自分でしかできないし、幸せな人生になるのも自分自身でしかできないのは、どなたもわかることでしょう。

 

無のサイキックヒーリングはごくごく当たり前に、ただただ心と体と魂の邪気が浄化されるのをその人ご自身が、受けた人ご自身が、ただただ感じて頂くしかないんです。

 

私、松本がああしなさい、こうしなさいとか、あれはいけない、関わるなとかいうことは一切言いません。

 

ただただ私が、俺が感じたことを述べるまでです。

 

 

俺は教祖じゃないんだ!