信じることをやめると、超幸せが訪れる

それは信じないと、本物の愛が訪れるからです。

 

「クリシュナムルティの言葉、全く新しい人間になるために」という本で、『一人の人を愛する時、あなたは全人類を愛することになる。博愛の愛は、もしあなたが一人の人を、子供、夫、妻をまたは隣人を愛するすべを知らないなら、ほとんど何の意味も持たないだろう。結局、一人が全体なのである。宇宙的な愛や人類愛の観念は、実際には人の心に他者への愛が欠けていることの合理化に過ぎない。それは、改革者、ヒューマニスト、モラリストと正義ぶった人達の安易な逃げ道なのである。私達の問題は、私達が本当に一人の他者を愛するすべを知らないということにある。私達は自分が全存在をあげて誰かを愛する時を知っている。それは実際圧倒的な体験である。それはあらゆるバリアを粉砕してしまうことを含意しているからだ。・・・・・事実は、あなたは何者でもないということである。どうしてそこからスタートし、〈何か〉になろうと試みることなしに事実に直接向き合わないのか?自分が〈何でもない〉ことに向き合うことは、謙虚であることを、愛することを意味する。それはあなたが人々に抵抗を持たないことを、あなたとあなたが軽蔑する理想を持たない人との間にバリアをつくらないことを意味する。』とあります。

 

気功師やヒーラー、セラピストや整体師、占い師や霊能者、チャネラーや超能力者等々等々に憧れ、それになろうとする人々は、ありのままの自分自身を見れていないため、愛がありません。

 

普通一般の人の8割くらいの人は、多少なりとも愛があるのに、宗教や精神世界スピリチュアルに傾倒する人ほど愛がありません。

 

それは、自分自身に愛がないことを示しています。

 

自分以外の何か力を持った人、プーチンやトランプなどの指導者、神社仏閣などの権威権力に自分を自己同一化して、自分を偉い人間だと思いたいといった尊大な心を見て取れます。

 

だから、そういった人々は常に何かを信じたがります。

 

しかし、信じるということは心が安定剤を欲するくらい不安定な心の人が発する言葉です。

 

信じるという言葉は、信じる人は救われないことを説明する時に使うだけです。

 

信じるか信じないかなんて単純バカ思考で判断しようとする人が多いのも頭が働かなくなり、思考停止状態のバカな人が増えた証拠です。

 

ありのままあるがままをただ見ればいいのに、ありのままあるがままってわからないって言う人がいるくらいです。

 

私はたまに人間性を見てくれと頼まれることがあります。

 

人間性とは愛があるかないかを手のひらで判断することです。

 

奴隷ではなく、家畜に成り下がった人々には当然愛がありません。

 

愛があれば心配不安恐れは激減して、勇気が出ます。

 

だから、愛ある奴隷は自分が囚われの身になっている獄舎から逃げ出し、自由を獲得する行動を必ずとります。

 

今世の中を、地球を、社会を、世界を救えるのは、愛だけです。

 

私が言っている氣のパワーアップは愛のパワーアップに他なりません。
特定の宗教に盲信していない日本人こそ、愛のパワーをパワーアップできる素質があります。

 

できるだけ多くの人々が愛のパワーアップを図り、世界の平和と地球の環境保全に貢献できたらと思います。

 

愛は信じることをやめて、ありのままあるがままの事実現実を見る行為そのものをすることで、自然と訪れるものです。

 

だから、自分に愛があると言っている人ほど、愛がありません。

 

愛がない事実現実、愛が足りない事実現実をありのままに直視してこそ、本当の本物の愛が訪れ、超幸せになれます。

 

信じることをやめると、超幸せになれるんです。

 

クリシュナムルティも言っていますが、本当のことは言葉で説明はできません。

 

 

ただ心がいつもスッキリ爽やか、清々しくって、楽しく、嬉しく、喜びに満ちた生活を送れるということです。