なぜ自分の事だけを考えていると不幸になるか

それは、心が狭いからです。

 

視野が狭いからです。

 

了見が狭いからです。

 

心が狭い、視野が狭い、了見が狭い状態で長年生活していれば不幸になることは誰でもわかるでしょう。

 

自分の事だけしか考えないとは、損しないように損しないように、失敗しないように失敗しないように、得をしよう得をしようといった損得勘定で生きることです。

 

不幸にならないように不幸にならないようにとかいって、宗教を含む精神世界スピリチュアルなどに夢中になったり、神社仏閣などに盛んに詣でたり、いつもお祈りしていたりするようなことも、心を狭く、視野を狭く、了見を狭くします。

 

病気にならないように病気にならないようにといって、食や運動、サプリ、健康食品などの健康法に夢中になることも、心を狭く、視野を狭く、了見を狭くします。

 

真向法の本にある人が、「私が真向法体操を継続しているのは、病気になりたくないからでもなく、長生きしたいからでもありません。立派に死にたいからです」と言われました。と書いてありました。

 

また、「立派に死ぬ日のために、大往生するために、自分自身の責任で自分の身体に手入れをする。自分の健康を自分で創造するものでもあるのです。」
とあります。

 

心が狭い人、了見が狭い人、視野が狭い人は真向法のこのような効果を知ることができません。

 

視野が狭いために、アンテナを張り巡らし、自分に必要な情報が、すなわちエネルギーが自分に入ってくることがありません。

 

まれに無のサイキックヒーリングを受けて、私は鈍感なのです、余り感じませんとかいう人が、特に遠隔などでいらっしゃいます。

 

それは、その人の心と体と魂につまりが生じているために、神経が鈍感になっている状態です。

 

つまりとは、邪気がつまりにつまって、良いエネルギーが流れにくくなっている状態です。

 

この状態から流れをよくできる体にしていくことで、心も魂も浄化されやすくなります。

 

ところが、心が狭い人、視野が狭い人、了見が狭い人は、そこまでやろうとしません。

 

例えば、私が全チャクラ、全身に邪気がありましたので浄化させて頂きましたといった事実現実を説明しても、そんなことあるはずがないとかいって、聞き入れようとしません。

 

心が狭い人、視野が狭い人、了見が狭い人は、今世界で起きていることにもあまり関心を示そうとしないことがあります。

 

いずれ我が身にも起こりうるであろうことに関心を寄せないために、人の痛みがわからないために、いずれ孤立します。

 

現代人には心の孤立が起きていて、他者との心の交流ができず、分かち合うことができません。

 

愛がないことを表しています。

 

だから、癒やしてほしい、慰めてほしい、救ってほしいというような感じで、いつも何かを求め続けています。

 

この状態がもう不幸の状態で、今不幸だと将来はもっと不幸になります。

 

幸福なんていうのは、今この瞬間に起きることで、自分自身の心をオープンハートにしないと愛が起き、幸せな状態に自然になることができません。

 

クリシュナムルティを勉強することは、無のサイキックヒーリングを習得する上で必須です。

 

クリシュナムルティ否定論者の文を読んでも、当然、多量の邪気が出ていますが、クリシュナムルティを救世主とか、人間の理想像とか、正義のヒーローみたいな感じでとらえていた人が書かれているようです。

 

救世主、正義のヒーロー、理想的な人間なんてそんなもん始めからいやしねぇんだ、いるのは、事実現実である、ありのままあるがままの自分自身でしかないんだという事実現実に早く気づいてください。

 

正しい人なんていないんですよ。

 

他者に何かを求めても、な~んにも得られやしませんよ。

 

こういった事実現実が世の中に広まることで宗教や変な精神世界スピリチュアルもなくなり、戦争が起きなくなることにつながります。

 

 

なぜ人類は戦争を繰り返してきて、今も尚起きているのかといった根本的な人間の心の問題を考えることで、自分だけのことを考えて不幸になる生き方から脱却できます。