無私、無我、無欲で無邪気な無の氣功

氣功をするときに、無私、無我であるということは、自分で人を治そうとか、癒やそうとかしないことであり、無欲であるということは、余分な欲を出して何か奇跡的なことを起こそうとしないため、邪気が一切ない状態でできるということです。


このことは、現代社会で流行っている、目立っているようなものとは真逆の世界となります。自分が目立とう、目立とうとか、必要以上に若く美しく素敵に見られようとか、必要以上に偉く正しくすごい人に見られようとか、といったようなこととは真逆になります。


無私でなく、自分を出して、無我でなく、エゴを肥大させて、無欲でなく、欲走って行えば行うほど、無邪気でなく、邪気がドンドン増えるので、人は不幸になります。
一見、正しく美しく愛があるようなものでも、時間の経過とともに露わになることは、今、世の中で起きています。


人を癒したり、治したりすることにおいては、より反作用、反動が強く出ます。自然であるがままではなく、作為的、人為的になればなるほど、良いことがあったぶん、後で悪いことが必ず起きます。


無の氣功では氣がパワーアップするほど、勝手に自動的にその人から高くて強い氣が発散されるために、まわりを自動的に浄化するようになります。


以前から、職場で自分の目の前に座っている上司や同僚が、誰からも変な嫌な人だったと悪評であったのに、無の氣功を受け続けていたら、誰が見てもわかるほど180度変わって、温和で優しい人になったといったご報告を何回も聞いてきました。


先程お見えの方は、自分でも積極的に氣功を使っているせいか、自分が異動した職場でいがみ合っていた人がいたのに、仲良くなり、全体が良いほうに変わったと、自分は何もしていないのに不思議ですとおっしゃっていました。


この方のようにどんどんダイレクトにストレートに氣をパワーアップし続けることで、勝手に自動的にまわりを癒し、浄化できる人がどんどん増えることで世の中が良くなるだろうことが推測されます。


そこには、誰かが誰かを作為的に変えようとすることがありません。あるがままを自然に楽しめるほど、すべての人が幸せになれます。


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